Beranda / 恋愛 / 幼馴染の贈り物 / 第3章 お隣さん・弥生 3/4

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第3章 お隣さん・弥生 3/4

last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-06 18:00:25

 日曜の昼下がり。

 小鳥〈ことり〉がベランダで、歌を口ずさみながら洗濯物を干していた。

 いつも室内で干している悠人〈ゆうと〉にとって、ベランダが洗濯物でうまっていくのは新鮮な眺めだった。気持ちのいい風が入り込む中、悠人は煙草を吸いながら小鳥が干すのを眺めていた。

 * * *

「悠兄〈ゆうにい〉ちゃんって、いつも同じ服を着てるよね。どうして?」

 昨日の夜、小鳥に聞かれたことを思い出す。

「ああこれな。俺は下着も服も靴も、同じものしか持ってないんだ」

「……どういうこと?」

「小百合〈さゆり〉から聞いてないのか? 色んな服があったら着る時に悩むだろ? そんなことで悩むのがバカらしいから、全部同じにしてるんだ。年に一回、下着も服もセットにしてまとめ買い。合理的だろ?」

「うーん、そんな人に会ったの初めてだから分からないけど……でもね、その日の気分で服を変えたりするのって楽しくない? 着る服で気分が変わることもあるし」

「よく言われるんだけどな。なんかそう言うのって苦手と言うか、興味ないんだよな」

「それに悠兄ちゃん、真っ黒だし」

「だな」

「ティーシャツも黒、ジーパンも黒、パンツも靴下もワイシャツも靴も、ジャンバーまで全部黒。どこかの危ない人みたい」

「落ち着くんだよな、黒って」

「じゃあ小鳥が今度、悠兄ちゃんに服をプレゼントしてあげるよ。小鳥が買ったら悠兄ちゃん、着てくれる?」

「うーん……会社の子にも同じこと言われたけど、その時も結局返事出来なかったんだよな。着るかどうかの自信がないから」

「じゃあ悠兄ちゃん、気に入らなければ着なくていいってことなら、買ってもいい?」

「いやまぁ……買ってくれるのは嬉しいけど、でも俺にプレゼントしても甲斐がないぞ。自分の服を買った方がいいと思うけど」

「大丈夫だよ。小鳥にはお母さんからもらったあらゆるデータがあるから。悠兄ちゃんが着たくなる服、探してきてあげる」

「……お前は一体、小百合から何を吹き込まれてるんだ」

 * * *

 この日は朝から二人で、昨夜の「魔法天使〈マジック・エンジェル〉イヴ」を見ていた。

 あと数話で最終回、これまで明かされていなかったイヴの出生の秘密、実はイヴが敵である堕天使のプリンセスだったという鉄板的展開に、二人は息を呑んだ。

「ところで」

 悠人が煙草を揉み消した。

「明日から俺は仕事だけど、小鳥は一人で大丈夫か?」

「小鳥も明日からバイトだからね。明日は早番だから、16時までなんだ。それから晩御飯の支度してるから、楽しみに帰ってきてよね」

 洗濯物を干し終わり、小鳥が冷たくなった手をこすりながら部屋に入ってきた。

「奈良に比べたらましだけど、やっぱ大阪も寒いね」

「紅茶入れてやるよ」

「ありがとう、悠兄ちゃん」

 悠人が台所でやかんに火をつける。その時、インターホンがなった。

 悠人がモニターを覗くと、そこには眼鏡をかけた女子が映っていた。

 弥生〈やよい〉だった。

「悠人さーん、少し早いですが川嶋弥生、無事帰還しましたー」

 そう言って手を振っている。

「誰?」

「ああ、お隣さんだよ」

 悠人が小さく笑い、玄関の鍵を開けた。

 扉を開けると、よくここまで持ってこれたなと感心するほどの紙袋を両サイドに置き、リュックにポスターやら何やらを差した弥生が立っていた。そしてなぜか、いつもはしていない赤のバンダナを巻いている。それに気付いた悠人が反射的に突っ込んだ。

「いやいや、妹僕〈いもぼく〉のアカネさんはいいから」

 その姿はアニメ「妹と僕の不健全な日常」に出てくる、地味なモブキャラの真似だった。

「さっすが悠人さん、今日も冴えてますね」

「しかしその姿……俺の若い頃のヲタクそのまんまだな。今時そんなヲタク、探してもいないだろうに」

「今回の遠征、テーマは原点回帰でしたから」

 笑顔の弥生に、悠人もつられて笑った。

「で、楽しかった?」

「もぉ最高でした。伊達に乙女ロードの名を冠してませんね。流石東京、流石聖地、店の数もこっちとは桁違いでした。

 興奮しすぎて貧血起こして倒れるわ、半年貯めてた貯金を全て使い果たすわで大変でした。この感動を早く悠人さんに伝えたかったので、打ち上げをキャンセルして帰ってきた次第なんですが…………ん? んん?」

「どうかした?」

「女子の……匂いがします……それも私にとって、馴染み深い匂いが……」

(ヲタ探知レーダー搭載ですか……)

 悠人の後ろから小鳥が顔を出す。

「こんにちは」

「ぬえっ!」

 弥生が小鳥を見てのけぞる。

「なななななななな、なんですか悠人さん! 私がいない三日の間に、悠人さんの中の何が変化したのですか!」

「変化?」

「なぜに悠人さんの家に女子が」

「はじめまして。私、悠兄ちゃんの幼馴染の娘で、水瀬小鳥〈みなせ・ことり〉と言います」

 そう言って小鳥が頭を下げた。

「あ、これはどうもご丁寧に。私は悠人さんのお隣さんで、川嶋弥生と申します、はじめまして」

 つられて弥生も頭を下げる。

「……って、幼馴染って! 悠人さん、どーゆーことですか! 悠人さんには運命の赤い糸で固く結ばれた私がいるというのに、幼馴染なんて無敵の存在がいただなんて!」

「あ、いや弥生ちゃん、それは」

「幼馴染!」

 やっぱ聞いちゃいない……弥生が拳を握り天を仰いだ。

「それは義理の妹やパンをくわえて走る転校生に匹敵する、ヲタにとって最強の妄想戦士! 子供の時からいつも隣に彼女はいて、やたらとお節介でしかもツンの要素もあって、受験勉強なんかも一緒にやったり一緒にいることでいじめの対象になったり、そしてそのことで同級生と喧嘩したり、『くっつくなよ』とか言いながらもいつも一緒にいたり、思春期を迎えて互いに異性としての意識をしだしたりとか、ああああっ! 幼馴染最強おおおっ!」

 一気にまくしたてる弥生に、悠人が苦笑する。

「もしもーし、弥生さーん」

「そしていつもは気が強いくせに、ある時見せた寂しそうな横顔にどれだけの男が妄想し、憧れ、そして散っていったことか! よく考えたら俺に幼馴染いねぇしー、的な」

「ふんっ!」

 悠人が人差し指を弥生の眉間に突き立てた。

「ふにゅぅ……」

 弥生が声にならない声を上げる。

 スイッチが入った時にこうすると、なぜか弥生は通常モードに戻るのだった。

 弥生が眼鏡をかけ直してつぶやく。

「……失礼しました。私また、宇宙と交信していたようです」

「戻ってきた?」

「何とか」

「あはははっ」

 小鳥が笑い声をあげる。

「お隣さん、面白いですね。こんにちはお隣……弥生さん。あらためまして私、水瀬小鳥です。しばらくここに住ませてもらうことになりました。よろしくお願いします」

 小鳥が差し出す手を握り、弥生が視線を悠人に向けた。

「悠人さんと生活……悠人さん、説明していただけますか」

「あ、ああ……とにかく中に入るか。荷物、持ってあげるよ」

「ちなみに」

 小鳥が割って入った。

「近い将来の、悠兄ちゃんの嫁です」

「ぬげえっ!」

 弥生がのけぞった。

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    「BMB……?」「はい、サークル名です。ボーイ・ミーツ・ボーイの略でBMB。そこで絵師をしております。窯本〈かまもと〉やおいはペンネームであります」「ボーイ・ミーツ・ボーイ、と言うことは……」「はい、BLであります! びしっ!」 にんまりと笑った弥生〈やよい〉が敬礼する。「……びしって擬音、普通は口にしないと思うけど」「私は中学の頃から、ヲタ道を日々研鑽してまいりました」(いやいや、世間にヲタ道なんて言葉はないから)「そして高校でBMBと出会い、その本拠地のある大学に入った次第であります。  我々の目的はただひとつ、いつかこのヲタ道を、混迷の闇をさまよう日本再生の柱にすること。BMBはその為に日々戦う、武闘派集団なのであります。びしっ!」 弥生のマシンガントークに、悠人〈ゆうと〉が呆気にとられる。「そして思うに悠人さん、あなたにはヲタとしての血が脈々と流れているとお見受けいたしました。ゴッドゴーレムの自作とは、かなりレベルの高いヲタ値……言わばそう、あなたこそヲタ道の純血派なのです!」「じゅ……純血派?」「そうです! 悠人さんは遡ること数十年、ヲタたちが市民権を得ておらず、社会から孤立し、なおかつ活動出来る場が少ない草創の時代よりヲタ道を歩まれてきた、正に勇者様。あなたのような勇者様がいなければ、今私たちがこうして闊歩〈かっぽ〉している世界は存在しなかったのであります!」「まぁ確かに……俺がこの世界に入った頃には、同人誌なんてものもほとんどなかったし、ヲタクの凶悪事件なんかもあったりしたからね。結構冷たい目で見られていたよ」「だしょだしょ!」「いや、ここは普通に『でしょ』でいいから」「悠人さんの世代に比べれば生ぬるいですが、これまで私も、それなりに疎外感なるものを感じながら生きてまいりました。  その孤高の戦いの中、いつか出会えるであろう真の勇者様をずっと心に思い描いていたのです。それがまさか、こんな近くにおられたとは……これは運命です! 私は今日、この日の為に

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     悠人〈ゆうと〉と川嶋弥生〈かわしま・やよい〉の出会いは、二年ほど前になる。 大学入学を機に悠人の隣室、702号室に越してきた弥生。  入居の挨拶で悠人の家に来た時、焼き物で有名な滋賀県の信楽〈しがらき〉から越してきたことを弥生は話していた。  眼鏡の似合うポニーテールの女の子。どこか垢抜けていない、素朴で純粋そうな子、と言うのが悠人の印象だった。 隣同士なので顔を合わせることも少なくなかったが、互いに挨拶をする程度で、それ以上の関係になるとはお互い思ってもいなかった。  * * * それから一年近くたった冬のある日。 悠人が仕事から帰ってくると、玄関前で鞄の中をひっくり返し、途方に暮れている弥生を発見した。「……」 こんな鉄板イベント、実際見ることになるとは。 鼻の頭を真っ赤にし、弥生が溜息をもらす。相当長い時間、そうしているように見受けられた。  白いコートタイプのダウンジャケットの前を開け、紫のハイネックが見え隠れするそこから、大きな胸であることが見てとれた。「あの……こんばんは、えーっと……お隣さん?」 悠人は弥生の名前を覚えていなかった。  人付き合いに無頓着な悠人にとって、他人の名前を覚える行為は特に必要ではなかったからだ。会話をすることもなく、「お隣さん」で十分だったのだ。 悠人の声に顔を上げた弥生。その瞳は潤んでいた。「お隣さんって……酷いじゃないですか工藤さん。一年も住んでるのに私の名前、覚えてくれてないんですか? 私は弥生、川嶋弥生です」(ええっ? そっち? 引っ掛かるとこ、そっち?) そう思いつつ、悠人が頭を掻きながら言った。「あ、いやすいません、川嶋さん……じゃなしに、こんな寒い中、こんなところで何してるんですか」「あ、そうでしたそうでした。実は鍵を無くしてしまったみたいで、家に入れなくて困ってたんです。くすん」(……くすんって擬音を口にするやつが、リアルに生息していたとは……)「スペアの鍵は?」「家の中でお休み中です」「それはそれは、意味のないスペアで」「ううっ、酷いお言葉……」「いつからこうしてるんですか?」「一時間ほど……」「凍死しますよこんな日に。お友達の家とか、助けてもらえるところはないんですか?」「友達の家も結構遠くて……というかもう無理、動けないです。携帯の充電もきれてま

  • 幼馴染の贈り物   第2章 小鳥と始まる日常 3/3

    「さ……流石に買いすぎだろ……」 ここに越してきた時でも、ここまで買い物をした記憶はないぞ。  そう思いながら悠人が鍵を開けようとした時、ドアの隙間に挿してある一枚の紙に気付いた。 宅配便の不在表で、家に入り連絡すると、15分ほどして業者が荷物を持ってきた。荷物はダンボール二箱と、細長く厳重に梱包された筒状の箱だった。 ダンボールには小鳥の服、その他もろもろの日用品が入っていた。「女子にしては少ない荷物だな。まぁ3ヶ月だからこんな物か……で、これは何なんだ?」「ふっふーん、これはね」 そう言って小鳥が筒状の梱包を外していくと、中から三脚と望遠鏡が出てきた。「結構高そうなやつだな」「これは小鳥がバイトしまくって買った宝物。悠兄ちゃんの天使の次に大切なものなんだ。悠兄ちゃんと一緒に星が見たかったから、これは持っていこうって決めてたんだ。でもね、そのつもりだったんだけど……  ここって星、ほとんど見えないんだね」「昔はもう少し見えてたんだけどな、街が明るくなりすぎたから。過疎ってきてるとはいえ、これでも都会なんだよな。  ま、3ヶ月ここにいるんだから、そのうち山にでも連れていってやるよ」「楽しみにしてるね。でも悠兄ちゃん、春先でこんなんだったら、夏なんて見える星ないんじゃない?」「間違いなく見えるのは、月ぐらいかな」 その言葉に反応した小鳥が、「月って言えば……」 そう言ってダンボールの中に手を入れ、冊子のような物を取り出した。「じゃーん!」「だから……じゃーんなんて擬音、リアルで口にするやつはいないぞ……ってこれ」 それは月の土地権利証書だった。「お前、月の土地持ってたのか」「悠兄ちゃん、ここここ。ここ見てよ」 小鳥が指差すそこは権利者の欄だった。そこには悠人の名前が記載されていた。「俺の土地なのか?」「悠兄ちゃん、小鳥に約束してくれたでしょ? 大きくなったら小鳥と結婚して、月で一緒に暮らしてあげるって。だから小鳥、未来の旦那様の名義で買ったんだ」「なんとまぁ、5歳の時の約束をしっかり覚えていたとはな。ちょっと待ってろ」 悠人は笑って立ち上がり、洋間に入っていった。ごそごそと音がしてしばらくすると、小鳥が手にしているのと同じものを持ってきた。「ほら」「え……?」 悠人が開いたその権利証書には、小鳥の名前が記載さ

  • 幼馴染の贈り物   第2章 小鳥と始まる日常 2/3

     あの歌が聞こえる。 まどろみの中、その優しい歌声に悠人〈ゆうと〉がゆっくりと目を開けた。「小百合〈さゆり〉……」 歌声の主は小百合の一人娘、小鳥〈ことり〉。(小百合そっくりだな……) 小鳥は台所で朝食の準備をしていた。 そういえば昨日から、小鳥が家に来てるんだったな……そのせいか。あんな夢を見たのは……悠人の頭が徐々に覚醒してくる。  * * * ゆっくりと起き上がり、机の上の煙草に手をやり、火をつけた。その気配に気付いた小鳥が、勢いよく部屋に入り悠人に抱きついた。「おはよー、悠兄〈ゆうにい〉ちゃん!」「わたったったったっ……待て待て小鳥、火、火っ……」「だめだよ悠兄ちゃん、寝起きにいきなり煙草吸ったりしたら。寝起きにはまず水分摂らないと。癌になる確率が上がるんだからね」 どこでそんな知識を仕入れてるんだか……大体癌のことを言い出したら、煙草そのものが駄目だろうに。  そう思いながら煙草をもみ消す。「あーっ、そうだった!」 いきなり小鳥が大声を上げた。「なんだどうした」「悠兄ちゃん、なんで隣の部屋に移ってたのよ。起きたら隣に悠兄ちゃんがいないから、寂しくて泣きそうになったんだからね。朝から半泣きで探し回って、最っ低ーな目覚めだったんだから。プンプン」「……プンプンって擬音を口にするやつ、初めて見たぞ……まぁあれだ、小鳥。寂しいかもしれないけど、同じ屋根の下なんだから我慢してくれ。いくら小鳥でも、流石に18の娘と一緒には寝れんよ」「結婚するんだからいいじゃない。それに歳も18だし、条令もクリアしてる訳なんだから」「条令ってお前、何の話を……この話は長くなりそうだな。朝ごはん作ってくれたんだよな、食べようか」 話をかわされ、少し不満気な表情を浮かべた小鳥だったが、「だね。まずは食べよっか」 そう言って立ち上がった。  * * * 顔を洗い、歯を磨いて椅子に座る。小鳥が手を合わせているので悠人もそれにならった。「いっただっきまーす」 なんで朝からこんなに元気なんだ。こんなところまで母親ゆずりなのか……苦笑しながら悠人が食パンを口にする。「そうだ悠兄ちゃん。悠兄ちゃんには朝から言うことてんこ盛りだよ」「なんだ、何でも言ってみろ」「威張ってもダメ。悠兄ちゃん、冷蔵庫の中に物なさすぎ。コーラとお茶だけってどう言うこと

  • 幼馴染の贈り物   第2章 小鳥と始まる日常 1/3

     悠人〈ゆうと〉と小鳥〈ことり〉の母、水瀬小百合〈みなせ・さゆり〉は物心ついた時からいつも一緒だった。 閑静な住宅街にたたずむ一軒家。それが悠人の生まれ育った家だった。その隣に二階建てのハイツがあった。  電機メーカー工場の社宅。そこに小百合は住んでいた。 二人はいつも一緒だった。互いの家を行き来し、一緒にいることが当たり前だった。  物静かで運動音痴、いつも家で本を読んでいる悠人とは対照的に、小百合はいつも元気に走り回る少女だった。  言いたいことをはっきりと口に出す小百合と、いつも周りを気にして、自分の思いを口にしない悠人。そんな相反する二人は、同じ年にも関わらず、小百合が姉で悠人が弟、そんな奇妙な関係の中でバランスを保っていた。  * * * 小学校に入ると、朝の弱い悠人を起こしに、毎日小百合は迎えに来るようになった。 赤と黒のランドセルが仲良く並んで歩く姿は、そのまま6年間続いた。 しかしそれが悠人のいじめにつながった。 活発でクラスの中心になり、男子からも人気の高かった小百合と一緒にいる悠人は、当然のように男子生徒の嫉妬の対象となった。クラスの男子から「いつも女と一緒にいる泣き虫」とバカにされる様になった。  逆らったりすると余計にいじめられる、そう思い、悠人はその中傷を黙って受け入れていた。クラスの違う小百合からそのことを問いただされることもあったが、そのことについて語ろうとはしなかった。 悠人は自分にコンプレックスを持っていた。運動も出来ず、持病の喘息の発作も定期的に起こり、ある意味いじめの対象になっても仕方ない存在だと思っていた。  そんな自分と一緒にいてくれる小百合のことが、本当に好きだった。異性としてはまだ意識してなかったが、彼にとって一番必要な、大切な存在だった。だからこそ小百合に、彼女が原因でいじめられていると告げることは出来なかった。心配もかけたくなかった。  * * * 悠人は自然と、そんな現実から自分を守る習性を身につけていった。きっかけは小百合と、小百合の父と三人で行ったファンタジー映画だった。 日常生活においてパッとしない少年が、ある事件を境に魔法を使う能力に目覚め、仲間を集める旅に出て、世界を守る為に魔物と戦う物語。その世界観に、悠人は夢中になった。 それから悠人は、その類の書物をむさぼるように読

  • 幼馴染の贈り物   第1章 幼馴染の娘・小鳥 2/2

    「何の冗談だ、これは……」 この40年、幼馴染の小百合〈さゆり〉以外に心を奪われたことのなかった魔法使いの俺に今、こいつは何を言った? アニメにしてもクレームものだぞ。 幼馴染からのとんでもない話に、悠人〈ゆうと〉の頭は混乱した。その悠人に、小鳥〈ことり〉が背後から抱きついてきた。  さっきとは違う感覚。自分との結婚を望む少女の抱擁に、悠人が顔を真っ赤にして小鳥を振りほどいた。「待て待て待て待て、冗談にしても質が悪い。エイプリルフールもまだ先だ」「大好き」「人の話を聞けえええっ」「聞いてるけど……あ、ひょっとして悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、好きな人とか付き合ってる人とかいるの? お母さん以外に」「いや、そんなやつはいないが……」「よかった、なら小鳥にもチャンスあるよね。3ヶ月の間に小鳥の想い、いっぱい伝えてあげるからね」 悠人の混乱ぶりを全スルーして、小鳥がそう言って無邪気に笑った。  * * * 時計を見ると22時をまわっていた。「もうこんな時間。ご飯まだだよね、ごめんね」 そう言って小鳥は、悠人が買ってきたコンビニ弁当を電子レンジに入れた。「悠兄ちゃん、こんなのばっかり食べてるの?」「腹が膨らめばなんでもいいんだよ、俺は」「そっかぁ……やっぱり男の一人暮らしはダメだね。これからは小鳥が毎日、おいしいもの作ってあげるからね」 そう言って小鳥は、リュックからパンを出した。「そういうお前はそれなのか」「うん。今日はバタバタすると思ってたから」 悠人がそのパンを取り上げる。「育ち盛りがこんなんでいい訳ないだろ。これ食べろ」 そう言って、レンジから出した弁当を小鳥の前に置いた。「でもこれは、悠兄ちゃんのお弁当で」「俺は腹が膨らめば何でもいい、そう言っただろ。お前こそしっかり食べないと。色々とその……栄養偏ってるみたいだし」 と言いながら、思わず胸に視線をやってしまった。それに気付いた小鳥が赤面し、慌てて胸を隠す。「こ、これはまだ、まだ育ってる途中だから!」「いいから食べろ。明日は土曜で休みだけど、それでももうこんな時間だ」「じゃあ、ここにいてもいいの?」「いいも何も、もう来てしまったんだ。嫁さん云々はともかくとして、せっかくの卒業旅行だろ? いいよ、しばらくいても」「ありがとう、悠兄ちゃん!」 そう言って小鳥がま

  • 幼馴染の贈り物   第1章 幼馴染の娘・小鳥 1/2

    「悠〈ゆう〉兄ちゃん、泣いてるの?」 夕焼けに赤く染まった公園。 ベンチに座り、肩を震わせている男に少女が囁く。「悠兄ちゃん寂しいの? だったら小鳥〈ことり〉が、悠兄ちゃんのお嫁さんになってあげる」 そう言って、少女が男の頭をそっと抱きしめた。  * * * 3月3日。 終業のベルがなり、作業を終えた彼、工藤悠人〈くどう・ゆうと〉が事務所に戻ってきた。「お疲れ様でした、悠人さん」 悠人が戻ってくるのを待ち構えていた、事務員の白河菜々美〈しらかわ・ななみ〉が悠人にお茶を差し出す。「ありがとう、菜々美ちゃん」 悠人が笑顔で応え、湯飲みに口をつける。  その横顔を見つめながら、菜々美が深夜アニメ『学園剣士隊』について話し出した。感想がしっかり伝わるよう、一気にまくしたてる。「やっぱり悠人さんの言ってた通り、生徒会が絡んでるみたいでしたよね。最後のシルエット、あれって生徒会長ですよね」 悠人に心を寄せる菜々美にとって、悠人と話せる昼休み、そして終業後の僅かな時間は貴重だった。  工場主任で、作業が終わってから書類整理の仕事が残っていると分かってはいるが、限られた時間、少しでも悠人と話したいとの思いに負け、こうして話し込んでしまうのだった。  机上の納品書に判を押しながら、悠人もそんな菜々美の話に、いつも笑顔でうなずいていた。 アニメの話がひと段落ついた所で、菜々美が映画の話を切り出してきた。「実家からまた送ってきたんですよ、優待券」「ほんと、よく送ってきてくれるよね、菜々美ちゃんのお母さん」「民宿組合からよくもらうんですよね。で、よかったらなんですけど……悠人さん、また一緒に行ってもらえませんか」「そうだね……次の連休あたりになら」「あ、ありがとうございます!」 菜々美が嬉しそうに笑った。  * * * コンビニに入った悠人は、ハンバーグ弁当と味噌汁、コーラをカゴに入れてレジに向かった。  家のすぐ近くにあるこのコンビニの店長、山本とはここに越してきた頃からの付き合いだった。「奥さんが留守だと大変だね。弥生〈やよい〉ちゃんは今、東京だったよね」「ええ、池袋の方に行ってるそうです。あさってには帰ってきますけど、また遠征話で盛り上がりそうです……って、だから嫁さんじゃないですから」「あはははっ。早く結婚しちゃいなよ、あん

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